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無償の道具
さて、それには「道具」が必要です。 組織のために「無償」で労働してくれる何も知らない人々の数です。 大きな金銭的メリットをぶら下げ、実現できるかも知れないと巧妙に思わせながら、現実にはまず成功できない構造でありながら、何も知らない人々にはなかなかその実体を見せない。
信ずる者に安寧がもたらされるどころか、都合次第で信ずるものをどんどん切り捨てられる方策を温存して「ビジネスチャンス」などと喧伝してみせる狡猾なやり口の一端をせめてもう少し知っておいてほしいと思います。
自然発生的にクチコミで何事かが広がることはあります。 しかし、それは噂、評判、一般的な価値観の共有という共通項で括られるもので、実際の検証はかなり困難なものです。そして、それらのクチコミの内容は良し悪しに関係なく、無責任なものです。 クチコミにお金を介在させ意図的に行わせると、「責任あるクチコミ」にでもなるのでしょうか? 無責任さはそのままで、ただお金目当てにクチコミを手段にするという悪質さが加わります。 宗教の場合は、百歩、あるいはそれ以上譲歩して、真に宗教的善意で人を勧誘していると仮定することはできるかも知れません。 そこには、無償の善意が動機になっていると言えなくもありません。
ネットワークビジネスでは、勧誘行為が即座に営業行為ですから、無償の善意はそもそも前提になりません。 しかし、あたかも勧誘行為を「善意」の実践であるかのようなことを言う人がいます。 人を誑かすのもいい加減にすべきです。
そして、宗教の無償の善意が、営利を貪る利益集団と人的に一体になった時点で、もはや無償の善意も存在していないことを認識しておくべきでしょう。
末端の会員、信者はそう教えられ、そう信じ込まされているだけなのです。 宗教にしろ、ネットワークビジネスにしろ「目的」はちゃんとあります。 但し、少なくとも、あなたに幸福になってもらうこと、あなたに成功してもらうことは、決してその「目的」ではありません。
現実を知ることは辛い面がありますが、現実を知っておくべきなのです。
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